腫瘍センター
乳がん
はじめに
乳がんのリスクファクターとしては初経年齢が早い,閉経年齢が遅い,出産歴がない,出産年齢が遅い,授乳歴がない,ホルモン補充療法歴があるなどが挙げられます。BRCA1,BRCA2遺伝子変異のキャリアは高率に乳がん,卵巣がんを発症します(遺伝性乳がん卵巣がん症候群:HBOC症候群)。
乳がんの症状として乳房のしこりや乳頭からの異常分泌,乳頭の陥没,皮膚のひきつれ,陥凹などが代表的な症状であり,放置すると皮膚の潰瘍や発赤,出血を伴うようになります。近年、乳がん検診によって発見される症例も増えてきてはいますが,日本での乳がん検診受診率は20%前後にすぎない。診察では視触診に加え,画像検査としてマンモグラフィ,乳腺エコー,乳房MRIなどが行われます。
治療方針を決めるため、腫瘍組織もしくは細胞の採取は必要であり,針生検や吸引式組織生検、或いは手術摘出標本などが用いて行われます。病理検査に基づく乳がんの組織サブタイプ分類が重要であり,サブタイプに基づいて内分泌療法(ホルモン療法)、化学療法(抗がん剤)或いは分子標的治療などの薬物療法を決定します。腫瘍検体を遺伝子解析し,予後予測や化学療法の治療効果予測を行うOncotype DXなどの検査が利用される場合もありますが,近いうちに保険適用になる予定です。
診断
1. 問診,視触診
腫瘤などの自覚症状に気づいた時期,その後の変化,月経周期との関係を聴取します。特に乳房外傷などの既往病歴は,視診や画像の所見と照らし合わせて再聴取することも重要です。乳癌の家族歴,初潮年齢,最終月経,妊娠・出産歴,経口避妊薬やホルモン補充療法も確認します。腫瘤の形状,えくぼ症状,皮膚の発赤,浮腫や乳頭にびらんの有無,腋窩リンパ節の腫大などについて観察します。
2. 画像診断
[1]マンモグラフィ
専用のX線装置を使って乳房を均等な大きさに圧迫し,上下左右方向から撮影します。悪性を否定できない所見に対しては,他の画像診断を追加します。
[2]超音波検査
触診を併用することも重要で,超音波ガイド下の穿刺吸引細胞診や針生検にも用います。当院では基本の超音波所見に付加する情報としてドプラ法による血流情報や,elastographyによる病変の硬さをみる検査も行っている。
[3]乳房MRI
乳癌の検出感度の高い画像診断です。乳房専用のコイルを用いて造影剤使用下で撮影する。腫瘤性病変の拡がりを三次元的に描出することができます。対側を含めた病変以外の乳腺も観察できます。
3. 病理診断
[1]細胞診
乳頭分泌液や囊胞や腫瘍など内容穿刺液も細胞診に供される。皮膚潰瘍やびらんが認められる例ではスタンプ細胞診・擦過細胞診も有用である。
[2]生検
針生検と外科的切除生検とがあります。細胞診に比べ、より正確に良悪性の診断が可能です。原則として針生検は,入院する必要がなく、局所麻酔を行った後、マンモグラフィや超音波(エコー)画像ガイド下で行います。針生検結果と画像診断に不一致がある場合,異型組織,乳頭腫,放射性瘢痕が疑われる場合には,切除生検を行います。乳癌と診断された場合,ホルモン受容体やHER2などの検査も行います。
4. 乳がんの腫瘍マーカー
がんの種類によって多くのマーカーがあり、乳がんではCEAやCA15-3 が一般的です。ただし腫瘍マーカーの異常だけでは、乳がんの有無や進行度合いの判断はできません。乳がんが存在しても腫瘍マーカーが上昇しないこともあります。しか、腫瘍マーカーは定期的に測定して経過を追うことにより、がんに対する治療効果の判定やがんの再発診断の一つの指標となります。
治療
a)手術療法
乳がんの手術方法は、「乳房」「胸筋」「リンパ節」それぞれを「どの程度切除するか?」「温存(残す)するのか?」で異なります。手術方法や切除する範囲は、乳房内でのがんの広がりによって決められます。通常、乳がんの切除と同時に、わきの下のリンパ節を含むわきの下の脂肪組織も切除します。これを「腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)」と呼びます。乳房に対する手術では乳房温存術と乳房切除術があり,腫瘍の大きさや場所,乳管内の広がりそれに患者の希望と整容性などを考慮して術式を決定します。 腋窩に対しては,臨床的に明らかなリンパ節転移を認める場合は腋窩リンパ節郭清を行います。それ以外の場合にはセンチネル(見張り)リンパ節生検を行います。センチネルリンパ節生検で転移を認めた場合は,これまで腋窩郭清が行われてきました。センチネルリンパ節が微小転移あるいは転移2個以下などの条件下において腋窩郭清を省略しても、再発率が変わらないことがいくつかの臨床試験で示されました。近年、整容性を重視した術後乳房再建手術(オンコプラスティックサージャリー)の重要性が増しています。また、術後の病理検査で非浸潤がんと診断された場合,ほとんどの場合は治癒可能です。ほかの臓器(骨、肺、肝臓など)にすでに転移を認めた乳がんに対して、出血などの症状コントロール目的に原発巣切除を行うことがあります。■ 乳房腫瘍(しこり)に対する手術:
つかないときに行われることが多く、がんの根治手術ではないため、乳がんと診断された場合、後日に追加除術を行うことが多くあります。
5)単純乳房切除術: がんのできた側の乳房を全部切除し、わきの下のリンパ節の切除は行わない手術方法です。
6)胸筋合併乳房切除術(ハルステッド手術):乳房とわきの下のリンパ節だけでなく、乳腺の下にある大胸筋や小胸筋を切除します。かつてはこの手術方法が標準的手術方法として実施されてきましたが、現在ではがんが胸の筋肉に達している場合だけ行われます。
■ わき(腋窩)のリンパ節に対する手術:
1)腋窩リンパ節郭清術: 通常、乳がんの切除と同時に、わきの下のリンパ節を含むわきの下の脂肪組織も切除します。これを「腋窩リンパ節郭清」といいます。腋窩リンパ節郭清は、乳がんの領域でのリンパ節再発を予防するだけでなく、再発の可能性を予測し、術後に薬物療法が必要かどうかを検討する意味で非常に重要です。しかし、腋窩リンパ節郭清を行うと、手術をした側の腕にリンパ浮腫(むくみ)が出たり(頻度は10~20%程度)、肩の痛みや運動障害が起きることがあります。
2)センチネルリンパ節生検: センチネルリンパ節とは日本語で「見張り番リンパ節」という意味で、乳がんから転移するがん細胞が最初に到達する乳腺の領域リンパ節のことを指します。 がんの近傍に放射線同位元素(RI法)や色素(色素法)を注射することにより見つけることができます。
多くの場合は、わきの下のリンパ節がセンチネルリンパ節になるが、センチネルリンパ節に転移がないとき、多くの場合(90%以上)、わきの下のリンパ節に転移がないということがわかっています。センチネルリンパ節生検でがんの転移を認めない場合、腋窩リンパ節郭清を行わなくてもよいことが実証されています。
当院においては新しい蛍光色素法によるセンチネルリンパ節検出(HEMS法)を行っており、従来よりも正確かつ迅速に手術を行うことが可能となり、術後の傷(手術創)も小さくできます。
■ 乳房再建術:
化学療法
b)化学療法
浸潤のある乳がん、或いはリンパ節転移を認めた乳がんは早期から全身に微小転移をきたし,手術のみでは根治できない症例が多いと考えられている。再発予防目的で術後化学療法を行うことがあります。その適応は再発リスクと治療効果予測を行います。再発リスク評価は病期,組織グレード,ホルモン受容体,HER2などに基づいて行います。治療効果予測では腫瘍のサブタイプを重視し,ホルモン感受性が高く増殖能の低い乳癌の化学療法感受性は低い傾向にあります。近年、多遺伝子アッセイ(Oncotype DXなど)を用いた適応評価も行うことができるようになりました。がん細胞増殖能の高い,ホルモン受容体陰性乳癌の多くは化学療法の適応となります。一般的に使用する抗がん剤のレジメンとしてはアントラサイクリン含有レジメンとタキサン含有レジメンの逐次もしくは同時投与が標準であり、2-3週ごとに4₋8コース行います。近年は,アントラサイクリンを含まないレジメンで治療する場合もあります。また、腫瘍の大きさやリンパ節転移の有無などによっては術前化学療法も考慮されます。化学療法は術前,術後のどちらに行っても予後が変わらないとされており,乳房温存手術を希望される患者や抗がん剤の効果を確認したい患者の場合には,術前化学療法も考慮されます。
再発や転移した乳がんに対する抗がん薬剤は多数保険承認されており,使用可能となっておりますが、腫瘍の特性や患者の状態,価値観をふまえて,エビデンスに基づいて治療法を選択することが必要です。アントラサイクリン系,タキサン系薬剤を含む前治療歴を有する進行・再発乳がん患者に対するエリブリン投与は主治医選択の化学療法と比較して全生存期間の延長を示しており,3次以降の標準治療の1つと考えられます(EMBRACE試験)。また,1次治療としてTS-1とタキサン系薬剤を比較したSELECT-BC試験の結果により,TS-1は全生存期間において劣らないことが示され,治療選択肢の1つとなっています。その他,日本ではカペシタビン 、ゲムシタビン 、ビノレルビン、イリノテカン、カルボプラチンなどが保険適用で認められています。
ホルモン療法
c)ホルモン療法
ホルモン(エストロゲン)受容体陽性乳がんに対しては,ホルモン療法が行われます。 閉経前の患者に対してはタモキシフェン が使用され,LH-RHアナログを併用する場合もあります。閉経後の患者に対しては通常アロマターゼ阻害薬が使用されます。ホルモン療法ではホットフラッシュや関節痛といった更年期障害類似の副作用が特徴的です。
術後療法としてのホルモン療法は原則5年間とされていたが,最近、タモキシフェン については10年間投与による再発率の低下を示す報告(ATLAS試験)があり,現時点でも術後ホルモン療法の投与期間を比較する試験は複数進行中であり,適正な投与期間についての議論がなされています。術前ホルモン療法については乳房温存率の向上を目的として臨床試験で行われており、現時点では確立された治療法ではありません。
閉経後ホルモン受容体陽性転移性乳がんに対しては,アゴニスト活性をもたないエストロゲン受容体拮抗薬であるフルベストラントの有効性が示されており,閉経後乳がんに対して保険承認されています。 また,前治療のホルモン療法の感受性に合わせて、CDK阻害薬(パルボシクリブやアベマシクリブ)との併用も推奨されております。
ホルモン療法抵抗性の閉経後転移性乳がんに対する2次内分泌療法として,エキセメスタン とmTOR阻害薬であるエベロリムス の併用療法(BOLERO-2試験)の有効性が示されており,治療選択肢の1つとなっています。
分子標的治療
d)分子標的治療
分子標的薬は、がんの増殖に関わるタンパク質や、栄養を運ぶ血管、がんを攻撃する免疫に関わるタンパク質などを標的にしてがんを攻撃する薬です。一部の乳がんでは、HER2タンパクが乳がんの細胞の増殖に関連しています。そのため、病理検査でHER2が陽性であれば、HER2を標的とする分子標的薬を使って治療します。乳がんの治療に使われる分子標的薬には、トラスツズマブ(ハーセプチン※)などがあります。多くの場合、他の化学療法(細胞障害性抗がん薬)と組み合わせて使います。 再発転移性HER2陽性乳がんでは,HERファミリーの2重重合体形成を阻害するペルツズマブの有効性(CLEOPATRA試験)や,トラスツズマブにチューブリン阻害薬のDM1を結合したT-DM1の有効性が示されている(EMILIA試験)。いずれもHER2陽性の手術不能または再発乳がんに対して保険適用を有しており,それぞれ,1次治療,2次治療において標準的に使用されます。抗HER2療法と化学療法の併用が標準的治療で、病変増悪時にも抗HER2療法は通常,継続して行います。また,内服薬としてチロシンキナーゼ阻害薬であるラパチニブも承認されており,トラスツズマブ耐性となった転移性乳がんに対して使用されており、カペシタビンと併用します。
また、HER2が陰性で、BRCA1またはBRCA2遺伝子変異があり、手術ができない場合や再発したがんである場合には、分子標的薬のオラパリブ(リムパーザ※)を使うことがあります。また、最近では免疫チェックポイント阻害剤としてアテゾリズマブ(テセントリク)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)などもPD-L1陽性のHer2陰性、ホルモン受容体陰性の進行再発乳がんに使用できるようになっております。さらに,再発転移性乳がんにおいて抗VEGF抗体であるベバシズマブ がパクリタキセルとの併用で無増悪生存期間を延長することが示されており(E2100試験)、保険適用となっております。そのほか、乳がんの骨転移に対しては抗RANKL抗体,ビスホン酸治療を行います。乳がんの脳転移、或いは痛みなどの症状を有する骨転移には放射線療法の適応を考慮されます。当院では放射線治療専門医による照射療法を行います。
乳がん領域において,さまざまな新しい診療技術や新規薬剤の開発により年々複雑化しています。乳がん患者に対し、個人個人の診療を行うには,乳がん最新の診断や治療についての十分な専門知識が不可欠であり、乳腺専門認定施設へ受診を勧めます。
(乳腺・一般外科)
2021/09/10 現在、進行中の臨床試験の一覧
院内がん登録情報
担当部署と専門医
部門 | 担当医 | 外来診療 |
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乳腺外科 | 唐 宇飛 | 月・金曜日午前 |
髙尾 優子 | 水曜日午前 | |
朔 周子 | 水・金曜日午前 | |
杉原 利枝 | ||
片桐 侑里子 | ||
放射線科
(放射線腫瘍センター) |
淡河 恵津世 | 木曜日午前・午後 |
病理部 | 秋葉 純 | |
三原 勇太郎 |
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